米子・美保関ライトワーク②「この上ない豊かさと喜びの祭祀」
皆様、こんにちは☆
ミドリです。
☆7/29満月に一斉イベント開催します★
お待たせいたしました。
ようやく前回の米子・美保関ライトワーク①「弔い」からの続きの内容がまとめられました。
といっても、お待ち頂いていた方が果たしていらしたのかどうかはわからないのですが(;'∀')、
今回の後編②で、昨年出向いた米子と美保関のライトワークの旅のまとめが終了となります。
やっぱりこうしてあらためて文章にまとめさせて頂くことで、
自分のことながら新たな学びや発見も多く、また再体験することができ大変感慨深い気持ちとなれました。
毎度現地ライトワークでは、その時できうる最善と限界の凝縮のような一日を過ごしているので、
今見れば拙くて至らないような部分にも尊さしか感じられず、
自分で肯定できる自分の歴史を重ねていくことができているんだなと、
自分にも感謝をすることができ貴重な振り返りとなっています。
ありがとうございます^^
それでは、続きとなります。
前回は米子の粟嶋神社で、事代主命のご依頼を無事に遂行させて頂いたところまでお届けさせて頂きました。
☆前回の内容はこちらから★
粟嶋神社を後にした私は、次の目的地へとまずは最寄り駅まで徒歩で向かいました。
まともに歩くと駅まで30分ほどかかるので、タクシーを使えばよかったのですが、
しばらく放心状態だった私は、結局駅まで歩くことになってしまい、
暑い日差しの中、無駄な体力を使ってしまったなと、今はあの選択を反省しています;
現地ライトワークの日はとにかく気づくとあっというまに体力を失っているので、
物理的に体力の節約をもっと気を付けなくてはならないところなのですが、
結局毎回全くできていない気がする…
ようやく到着した駅から鬼太郎列車に揺られて、境港駅まで向かいました。
米子は水木しげるの出身地なので、空港も駅も電車も、鬼太郎だらけでした♡
境港の駅からは今度は小さなコミュニティバスを乗り継いで、美保関へと向かいます。
途中、無人駅でワンボックスカーのバスを乗り継いでいかないとならないので、ちょっと不安でしたが、運転手さんがとても親切な方で助かりました。
車窓から美しい日本海の海を眺めつつ、美保神社でのお仕事へと自分を切り替えていきます。
これから美保で行うことは、
先ほどの粟嶋での内容とは打って変わって、喜びに即した、豊かさのお祭りです。
そして美保神社の荘厳なお社にて、
東出雲王家の方々とともに、
アセンションに向けての儀式を行わせて頂くことになります。
当日は一斉イベントとしても開催させて頂き、皆様をご招待させても頂きました。
ついに到着しました。
神社のすぐ目の前が美保関の港です。
美しい港町の景色が広がっていました。
美保関は島根半島の東端に位置します。
とうとうここまで来たんだなと、美保の海を目の前にして、私は胸がいっぱいになったのでした。
美保関の海は事代主命が愛した海です。
先ほどの粟嶋でのお仕事を無事に終えることができて本当に良かったと、
あらためて心から思いながら、境内へ向かいました。
美保神社は、 全国3000以上ある「えびす様」の総本宮とされている式内社です。
えびす神としての商売繁盛の御神徳の他、漁業海運の神、田の虫除けの神としても、信仰を集めているそうです。
御祀神は、事代主命と三穂津姫命の二神となっています。
美保の地には古代、事代主命の妃であった奴奈川姫命が住んでいらっしゃいました。
事代主命と奴奈川姫命の間には、御穂須須美命という姫がお生まれになり、
御穂須須美命は事代主命が亡くなられた後、
この地に父の事代主命を、巫女として娘として、お祀りになられたのでした。
それがこの美保神社の本来の由来です。
ですから、
御祀神の三穂津姫命とは、事代主命の姫君、御穂須須美命のことであるのでした。
この神社が建てられたのは、実は御穂須須美命がご存命であった時よりももっと後になるのですが、
東出雲王家の富家によって創建されることになりました。
ですからこの地は、娘姫の御穂須須美命によって事代主命をお祀りしたことに由来する、
東出雲王家の聖地であり、
越の国の偉大なる姫巫女であった奴奈川姫命がいらした特別な地でもあり、
東出雲王家8代目当主であった事代主命と后の奴奈川姫命、そして二人の娘姫の御穂須須美命という、3柱の親子神を拝することができる、とても稀有な聖地でありました。
そしてこの美保神社を司っているのは、今も御穂須須美命でいらっしゃるのです。
今回のお仕事は、この御穂須須美命と事代主命と共に行わせて頂きました。
御穂須須美命からはすでに、奈良の桜井でも長野でも、事代主命の弔いと美保への来訪を何度も依頼されていました。
御穂須須美命は事代主命が癒し開かれることが叶うこの日まで、
この東出雲の神殿を長きに渡り護り続けてこられたのです。
この美保神社は、アセンションのために建てられたものでありました。
そしてその稼働の扉は、この日、開かれるのです。
大きなしめ縄が立派な神門をくぐると、
森をくりぬいたような境内の敷地いっぱいに、雄大な拝殿が聳えていました。
この壁のない開放的な構造をした大変大きな拝殿は、出雲らしい開かれたエネルギーを感じさせる、まるでパルテノン神殿のような壮大な建築物です。
圧倒的でいて、来るものを拒まない出雲の寛大さと受容性を感じさせる、
まさに出雲の聖地の神殿でした。
そもそも御穂須須美命が最初に建てた事代主命を祀るお社というのは、
美保神社から出て青石畳通りを歩いた先にある、
今も残る小さな末社、市恵美須社であったのです。
その後時を経て建てられることになったこの美保神社にて、御穂須須美命ご自身も祀神とされることになり、そうして長い間粟嶋の父を祀り拝し続けてきた御穂須須美命にとって、
この日はその一つの誓願が果たされる日となりました。
秋分は、そのタイミングにふさわしい豊穣の瞬間であり、出雲に年2回訪れる元旦の日でもありました。
拝殿にて、御穂須須美命に正式にご挨拶をさせて頂きました。
御穂須須美命は、無限に受け取れる瓢箪というギフトを私に授けてくれました。
この瓢箪は、昨年皆様に提供させて頂いた、豊かさの一斉ワークの元となりました。
引き続き御穂須須美命と必要なお話をさせて頂きました。
このままこの拝殿の御前でお仕事をさせて頂くのかと思っていましたが、
参拝する方々が後を絶たず、また御穂須須美命もお話の後何故か奥へ入ってしまい姿が見えなくなってしまったので、
私は今では無いのだなと悟り、拝殿を離れて境内を少し散策することにしました。
境内の面積はそこまで広くなく、拝殿と本殿が敷地のほとんどを占めていましたので、
点在する境内社を参拝させて頂きながら、お社の周囲をぐるりとまわらせて頂きました。
こちらは天奇日方命のお社、若宮社です。
奇日方命は事代主命と摂津国三嶋家の溝杭姫命との間に生まれた王子で、奴奈川姫命の子供ではないのですが、この美保にも祀られていらっしゃいました。
この時奇日方命より経済の玉を頂きました。
これは一斉ワークですでに皆様にお届けしている、経済ヒーリングの元となった玉です。
奇日方命とはこの地で初めてご縁を繋げさせて頂くこととなったのですが、
そのご縁で今年は葛城地方へ出向くこととなり、奇日方命とのお仕事や関りは、本当に稀有な素晴らしい経験を私に与えてくださったのでした。
余談ですがそういえば、
この若宮社の前に境内を歩いている時に、野生の動物に遭遇しました。
歩きながらふと落とした私の目線の先に、イタチのような動物のつぶらな瞳があったのです。
この画像はその子が森へと帰っていくところなのですが、
最初に遭遇した時は本当にびっくりするほど目の前に近づいてきていて、ばっちり至近距離で目があってしまいました。
私たちはしばらく見つめ合った後、
私が「こんにちは」と声をかけてみると、その子は首をかしげながらゆっくりとまた歩き出していきました。
後で調べたところ、その子はイタチではなく二ホンアナグマという種類の動物でした。
美保の森のアナグマ君は人慣れしているのか、私のことを怖がりもせず、とんとんとリズムよく自分のペースで石段を上がっていくと、そのまま森へと帰っていきました。
アナグマ君が登っていった石段は、ちょうど天奇日方命の若宮社へと向かう階段でしたので、
アナグマ君は私を奇日方命へと導いてくれたのかな、なんて思いました^^
なぜなら境内末社というのは大きな神社にはいくつもあって、その全部を参拝するということは通常は私はあまりしないのです。
時間もかかる上にすでに空となって機能していないお社も多かったりするからです。
このアナグマ君のおかげで、奇日方命との素晴らしいご縁をつなぐことが叶いました。
さすが美保神社の森に住まう動物さんですね。
さて、その若宮社の隣には、奇妙な小さな池がありました。
地面にぽっかりとあいた穴に滴る、まるで大きな水たまりのような池です。
実はよく見ると水中にたくさんのにょろにょろがうごめいていて、イモリなのか何なのか、これ以上の接近は本能的に禁止されました(;'∀')
この池の水は湧き水であるということで、決して水が絶えることのない場所として、
美保神社の地の縁起のよさ、立地の神秘性を象徴しているのだそうです。
池は本殿のちょうど裏手にあり、
池からそのまま回れ右をすると本殿を裏側から拝することができました。
本殿には、御祀神である二柱の神、事代主命と御穂須須美命が祀られています。
さらにこの本殿の中には大后社という末社が建てられており、そこには奴奈川姫命もお祀りされていらっしゃいました。
私は本殿に裏側から直接、手を合わせさせて頂きました。
すると、先ほど姿を消した御穂須須美命が現れてくださり、また事代主命もここでその姿を現されてくださったのでした。
前半の粟嶋の流れを想い、
またその新しいお姿から、
ああ事代主命がご自身の誓願を果たされていける世界がついに叶ったのだなと、
感極まる思いがいたしました。
と、そんな私の感激も束の間、
その場で私たちの秋分の儀式は、突然一気に始まったのです。
事代主命の存在が私に重なり、
御穂須須美命の存在も私に重なっていきました。
私はこの時、古代巫女の過去世の時の私として、魂の本質に秘めた神性を瞬時に解き放つことになり、
恐れ多くも三位一体のようになって、
儀式は開始されました。
私たちはくるりとまた向きを変え、裏手の湧き水の池に向かいます。
そしてすでに頭上の宇宙に大きく浮かび上がっていた六芒星の美しい光を、そのまま池に降ろしていったのでした。
とてもとてもまぶしい光で、
私は目を瞑っているのかあいているのかすでにわからないような不思議な視界のまま、
その美しいシルバーホワイトの閃光を一気に池に降ろしていきました。
そして水につかる直前で止めます。
池の上に浮かぶように静止する、六芒星からのその大きな光に、今度は事代主命と御穂須須美命の光をも加えさせて頂き、
尊すぎてもうわけがわからなくなっているそのすさまじい光のかたまりを、
私たちはさら増幅させていったのでした。
またもや余談ですが、実はこの時に私の光も一部添加されていたのですが、
それを教えると私が恐縮していやがるだろうと、
だからその時は教えなかったのだと、
事代主命に後になって告げられました(;'∀')
よくわかっていらっしゃる…と複雑な気持ちになりましたが、
恐縮ばかりしているのもうっとうしいというか、仕事が進まないよなあと、私も少し反省したのでした(;'∀')
そんなことはさておき、
その強烈な光を私たちはさらにさらに、どんどん成長させていきました。
光は振動しながら大きな丸い玉となって、中心をさらに凝縮させていきます。
美保の森の精霊たちからも、
美保の大地からも美保の海からも光を頂き、
そしてこの神秘の湧き水からも、光のエネルギーを頂きました。
そこから何度もこの光の玉を水に付け、水に沈めては、この水の力、水の光も混ぜこんでいきました。
そうして水のエネルギー、水の光を湛え込まれた光の玉は、
いつしか地球の玉として完成することになりました。
いつの間にか、私たちの愛する美しい地球が池の上に浮かんでいたのです。
しかし、よく観るとこの地球は少し、というかかなり様子が違っていました。
私たちの知っている地球ではなかったのです。
これはアセンション後の地球の姿を模した、レプリカのような玉でありました。
私たちはアセンション後の地球をこの時、目にしたのです。
眼前に美しく光り輝く未来の地球の姿。
私たちは少しの間、ただそれをまぶしく眺め拝していました。
やがて訪れる、次の地球。
これはレプリカであるけれども、
その輝きを目にすることで、
本当に本当に実現できることになるその未来を、
私たちはこの時実感することができたのでした。
このために、私たちは今はそれぞれ存在の次元は違えど、古代から自分をかけて準備をしてきたのです。
そうして次の瞬間には、私たちはまた踵を返し、
今度は本殿から拝殿へと、すなわちこの出雲の大神殿の中へと、
この未来の地球のレプリカの玉を、移させて頂いたのでした。
今からは、この玉をこの美保の神殿で管理していくことになるということでした。
私は神殿に移された玉に対して、さらに虹を使ってアセンションの結界を張らせて頂きました。
レプリカの地球は少しピンク色のエネルギーを帯びるようになり、
さらに光が強まっていったのでした。
いつの間にか事代主命たちとばらばらになっていた私は、
また歩いて境内を戻り、拝殿の正面から再度参拝させて頂きました。
先ほどは列ができていた参拝客も、今はほぼいなくなっていました。
すると御穂須須美命が今度は正面から複数の出雲の巫女たちと現れ、
これからこの地球の玉をアセンションの指標と象徴として、護っていくと誓ってくださいました。
そして御穂須須美命はこの地でこの玉を護りながらも、
私と共に、アセンションをサポートする仕事をしていくと、宣言されてくださいました。
本日東出雲王国が生まれ変わることができ、
過去の因縁をすべて、地球との因縁をすべて捨て去り、
新しい喜びと上昇することができるようになった、
と、そう御穂須須美命はおっしゃってくださったのでした。
御穂須須美命がそうおっしゃってくださった後、
アセンションの地球の玉を中心に、
拝殿から清らかでありながら濃厚な、麗しいピンク色のエネルギーが、
そして光が、
さらにさらに解き放たれていったのでした。
このあまりに豊かで、これまでまるで味わったことのない、
この上なく途方もない喜びと豊かさのエネルギーは、
どうしていいのかわからないほどの至福感と恍惚感を私にあふれさせてくれました。
そしてこの豊かさと喜びを使って、
私はこの日これより、皆様への一斉イベント「自分自身の豊かさを開く祭祀」を行わせて頂いたのでした。
去年の秋分前日の新月の日のことでしたから、
もうあれから一年近く経つのですね。
…こうして全てを終えた私は、いつもの通りほぼ抜け殻状態となっていましたが(;'∀')、
行ってみたかった有名な青石畳通りを何とか少し、歩くことができました。
暑さと疲労で朦朧としていたのですが、今世再度訪れることができるかわからないこの美保の地を何とか味わいたくて、もう少しだけ頑張りました。
青石畳通りは、江戸時代の面影を残す町並みが魅力の遺構です。
時が止まったような、ノスタルジックな江戸の風情を味わいながら、無心で歩かせて頂きました。
この道の先に、最初にもお伝えした、御穂須須美命が最初に事代主命をお祀りされた小さなお社がありました。
本当に小さくて目立たない、思わず気づかずに通り過ぎてさえしまうような、
とても控えめなお社でありました。
この短い散策を叶えた私は、予定よりひとつ早い便の乗り合いバスに乗ってまた境港へと戻り、そのまま空港へと向かいました。
最後にこの美しい漁師町と美しい青い海の景色をもう一度目に焼き付けて、
私は何も思い残すことなく、美保関の地を後にすることができました。
長い帰り道、パソコン仕事もしつつ、この日一日のことを振り返っていました。
まるですべてが空想か妄想だったかのようで、
本当に私がしたことなのかなと、不思議な気持ちになりました。
しかし、美保神社では奴奈川姫命から次の糸魚川のお仕事を仰せつかってしまいましたし、
事代主命からもまた西出雲王国や八千矛に関してのお仕事を依頼されてしまいましたので、
すでにいろいろな情報がもう集まり始めていて、
帰りの飛行機の中では次のお仕事が始まっていたのでした。
次があるということは、確かに私は今回のお仕事を果たすことができたのだろうと、
そう思えました。
次のライトワークが、私の存在を確かにしてくれるのでした。
こうして私の初めての鳥取と島根への旅は終了しました。
今思い出しても濃厚すぎる一日で、思い出すのでさえ大変な記憶でもあるのですが(;'∀')、
私の生きる意味をまたつながせて頂けた、本当にありがたい軌跡となりました。
ここまでお読み頂きどうもありがとうございました。
この内容がほんの少しでも皆様にとって何かのお役に立つものとなりましたら、
こんなにうれしいことはありません。
また現地ライトワークの旅の記録を記させて頂きますね。
stary love ミドリ
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